非効率なことに価値を見出す日本人

以前、「世界に誇る日本の職人技」みたいなテーマで、わざわざ外国からひとを呼んで日本の職人さんの作業を見学させるような番組を観ました。

いわゆる「職人の技」と呼ばれるようなもの。

目測や手作業を駆使した緻密な作業。その工程を何度も繰り返して完成形まで仕上げる。確かに、昔はそれらの技や工程によって高品質を生み出していたわけで、それはそれでとても素晴らしく価値のあることだと思います。

が、現代においては、計測や製作などの作業の多くは機械化によって十分な品質と生産性が確保できるようになっています。

ITや機械化によってさまざまな利便性を手に入れているのに、日本では未だに非効率なことに価値を見出しているというか、古き良き時代に固執しているひとが一定数はいるんだろうな、という気がしているわけです。

音楽や絵画など、人間がやることに価値があるものは残り続けると思いますが、生産におけるいわゆる「心のこもった手作業」のようなものは真っ先にITによって自動化されるはず。

特に人工知能が実用化されるようになれば、非効率なものに価値を見出しているひとはちょっとやばいかもしれません。

本当に価値があるものに投資できる人間にならないと、いよいよそのひと自身が無価値になってしまうかもしれない。

頭を使って生きよう。